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小網倉浜大漁プロジェクト

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このプロジェクトは、東日本大震災の津波の影響により、浜全てが流失してしまった、宮城県石巻市小網倉浜の漁師を支援するプロジェクトです。

コメント (20)
カテゴリ:災害

目標金額

200,000,000  円

支援者数

92  人

達成金額

6,250,000  円

4 %

※達成金額内訳

ココロカラ: 1,510,000円

ご協力団体様:

4,740,000円

■支援金額: 一口 10,000円

■募集期間: 定めなし


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現在、ご支援していただいた方へお送りする海産物が、

漁の最盛期と復興作業のため

既にお申込みいただいているオーナー様分の配送作業で

手いっぱいの状態となっており、

いったんココロカラでのオーナー募集を中断しております。

オーナー特典をお送りするメドが立ちましたら再開致しますので、

今しばらくお待ち下さいませ。

プロジェクト概要

小網倉浜大漁プロジェクト

はじめに

このプロジェクトは、東日本大震災の津波の影響により、浜全てが流失してしまった、宮城県石巻市小網倉浜の漁師を支援するプロジェクトです。

特に活餌イワシですが、被災前は宮城県内だけで3社の活餌イワシ屋がおりました。その中でも小網倉浜は、東日本で一番の活イワシ餌のいけすを保有していたカツオやマグロ船の餌補給基地として、シーズン中は多くの大型漁船で、湾内は賑わいを見せていました。

活餌イワシは全国のカツオ一本釣り船、マグロまき網船、釣餌として遊漁船に販売、供給しておりましたが、マグロやカツオを追って北上してくる漁船に安定して活イワシ餌が提供できない状態が続いていることも手伝って、カツオ、マグロ船の餌代も現在高騰しております。その為、当然ながら末端価格も上昇し、東北でのカツオ・マグロ漁も負のスパイラルに陥っております。

また、浜の漁師たちも同様に全てを無くしてしまいました。政府や国の対応を待っていたのでは、何時になっても拉致が開かず、現在も貯蓄を崩したり借金をして、少しづつ漁を再開し生活しているのが浜の現状です。

この窮状を皆様になんとか救って頂くべく、大漁プロジェクトを地元漁師が協力しあい立ち上げるに至った次第でございます。大漁プロジェクトの趣旨を十分ご理解の上、ご協力いただけますと幸いです。

プロジェクト概要 東日本大震災の津波の影響により、浜全てが流失してしまった、宮城県石巻市小網倉浜の漁業を支援
復興内容 ・活餌イワシいけす40台の購入
・ほや養殖棚4台の購入
・漁船2隻の購入
・漁具、船外機、リフト、資材の購入
支援目標金額 200,000,000円
一口あたりの金額 10,000円
支援に対するお礼 下記の商品より1点お選び頂く形となります。
■殻付ほや20個
■活あわび2個
■金華トロサバ2本
■おおとく丸割引券

宮城県石巻市小網倉浜とは?

小網倉浜は、宮城県石巻市の市街地から車で1時間ほど走った牡鹿半島の中腹に位置する漁港を中心とした町です。元々は80世帯200人ほどの人が住んでおり、町の人の多くが漁業に携わり、震災前までは様々な船が行きかう漁港として賑わっていました。

主要な産業

小網倉浜の主要な産業は漁業です。特にマグロ漁やカツオ漁に使われる活イワシ餌の「いけす」を東日本で一番保有しており、カツオやマグロ船の餌補給基地として、シーズン中は多くの大型漁船で湾内が賑わいます。
また、宮城県特産の「ほや」の養殖も盛んで、震災前は湾内に多くのほや養殖棚が浮かんでいました。

震災後の状況

2011年3月11日の東日本大震災で石巻市は壊滅的な被害を受けました。小網倉浜も例外ではなく、漁港は壊滅し、ほとんどの漁師が漁業を続けられなくなってしまいました。

プロジェクトメンバー紹介

阿部英則

阿部英則

大漁プロジェクト代表。遊漁船「おおとく丸」船長。大型のマコガレイ全国クラストップの船長48歳。

杉山隆義

杉山隆義

杉山水産活餌イワシ屋三代目。全国のカツオ一本釣船やマグロ巻網船に貴重ないわしを供給している41歳。

平塚智也

平塚智也

三陸ほや養殖業兼漁師。若いながらも、ほや養殖に関しては絶対の信頼を多方面から得ている34歳。

大壁欣也

大壁欣也

漁船欣正丸船長。アナゴ・メロウド漁にかけて、地元ベテラン漁師もその漁の腕を認める凄腕46歳。

阿部納也

阿部納也

杉山水産で修行中の浜一番の若手漁師。空手黒帯の熱い男!いわし漁に今後の人生をかける!27歳。

 

プロジェクト団体概要

団体名称 We are the 大漁プロジェクト
団体代表者 阿部 英則(あべ ひでのり)
事務局所在地 〒986-2414 宮城県石巻市小網倉浜笹窪1-4
事務局所在地 We are the 大漁プロジェクトは小網倉浜の漁師仲間で構成された非営利団体です。お申し込み頂きました一口オーナーの支援金は、復興内容に則り、浜の漁師達の復興に使用させて頂きます。尚、使途内訳や使用した金額、集まった金額や口数につきましては、随時掲載させて頂きます。
大漁プロジェクト事務所

被害状況

最後の1台となってしまった活餌イワシのいけす

200台あった活餌イワシのいけすが1台に

震災前は、宮崎県や高知県、千葉県など県外からもカツオやマグロを追って北上してくる漁船の活餌イワシの重要な補給基地でした。約200台の活餌イワシのいけすがあり、マグロ漁やカツオ漁をする船が出入りして賑わいを見せていました。
宮城県内だけで活餌イワシ屋は3社あったのですが、震災後は2社は廃業、残ったのはプロジェクトメンバー杉山さんの有限会社杉山水産1社のみとなってしまいました。
被災前は200台以上の活餌イワシのいけすが東日本にはあったのですが、現在海に浮かんでいるいけすは杉山水産のいけす1台だけ。これが「東日本最後のいけす」です。

活餌イワシが減少している現状

活餌イワシはカツオ漁やマグロ漁に欠かせない餌で、現在宮城県内で活餌イワシを提供出来るのは杉山水産1社のみ。
津波の被害で東日本のいけすはほぼすべてが流されてしまい、現在は遠方から漁に来る漁船に餌を提供出来ない状況の為、遠方から陸送で活餌イワシを運んで提供している状況です。
被災後、杉山水産以外の2社は廃業してしまったので、同社が活餌イワシを提供しないと、今後東日本でのカツオやマグロ漁は難しくなります。現状は宮城県や福島県、岩手県の釣り船も早く何とかして、イワシを提供してくれと催促されている状態です。
活餌イワシは全国のカツオ一本釣り船、マグロまき網船、釣餌として遊漁船に販売、供給されていましたが、マグロやカツオを追って北上してくる漁船に安定して活イワシ餌が提供できない状態が続いていることも手伝って、カツオ、マグロ船の餌代も現在高騰しております。その為、当然ながら末端価格も上昇し、東北でのカツオ・マグロ漁も負のスパイラルに陥っております。

活餌イワシとは?

活餌イワシとは、活きているイワシの事です。釣りをする人には馴染みある餌で、活きたイワシを針に付けて、ヒラメやメバル、ソイなどを狙う際に餌として使用します。
また、カツオ漁やマグロ漁には欠かせない餌で、カツオ一本釣りでは、散水しながら活餌イワシを一緒に巻いて、カツオを釣り上げます。マグロは巻網船で活きたイワシは必ずと言ってよいほど使用する漁には欠かすことのできない生きた餌です。

活餌イワシのいけす復興のために必要なもの

杉山水産では、会社は全壊、船は流失、網、製氷機、冷凍庫など被害損額はおそよ4億円の被害が出ました。復興の足掛かりとして、まずは1台150万円のいけすをとりあえず40台まで復帰させる事が目標です。
社会的にいけすが復興しないと、カツオやマグロ漁、ひいては末端価格の高騰など含めていけすを復興させなければいけません。

活餌イワシのいけす 復興資金の内訳

いけす購入資金 1台150万円×40台 60,000,000円(6千万円)

活餌イワシのいけす

▲宮城県内で約200台あった活餌イワシのいけすが1台に

カツオ・マグロ漁

▲活餌イワシが無いと東日本でのカツオ・マグロ漁に多大な影響が

がれき

▲がれきの中にはプロジェクトメンバー杉山さんの船が3隻も埋もれている

マグロ・カツオ漁に深刻な影響が出てしまう

ーー自己紹介からお願いいたします。

私は、有限会社杉山水産の活餌いわし屋の三代目の杉山隆義です。幼い頃から祖父や父の背中を見ながら浜で育ちました。先祖代々、東日本一の活餌いわし屋としてカツオ一本釣船や釣り船にいわしの販売、供給をしておりました。

ーーいけすが無いとどうなってしまいますか?

「被災前は当社を含めて、200台以上の活餌イワシいけすが東日本にはあったのですが、現在海に浮かんでいるいけすは当社の1台だけ。これが東日本最後のいけすです。宮城県ではなく東日本最後の活餌イワシいけすです。
被災後は他の同業2社は廃業してしまったので、うちの会社がなんとかしないと、今後東日本でのカツオやマグロ漁は難しくなりますし、宮城県や福島県、岩手県の釣り船も早くなんとかして、いわしを提供してくれと催促させれている状態です。」

ーー活餌イワシはマグロ・カツオ漁には欠かせない?

はい。震災前は、宮崎県や高知県、千葉県など県外からもカツオやマグロを追って北上してくる漁船の活餌いわしの重要な補給基地でした。宮城県内だけで活餌いわし屋は3社あったのですが、震災後は当社だけとなってしまい、遠方から漁に来る漁船に餌を提供できない状況の為に、現在は遠方から陸送で活餌いわしを運んで提供しています。

万が一、活餌いわしが提供できなくなると、東日本ではカツオやマグロ漁ができなくなりますので、これは日本の食の問題に大きく関わってくる重要なことです。だからこんな状況でも、家の会社は頑張んねーとと、企業努力しておりますが、津波から残ったいけすは一台だけ。一台だけではなんともなりません。

ーー杉山さんの被災状況は?

「いけす以外では会社は全壊、船は流失、網、製氷機、冷凍庫など被害損額はおそよ4億円程です。従業員や家族はかろうじて無事だったことが幸いでした。すべてを助けてくださいとはいいません。社会的にいけすが復興しないと、カツオやマグロ漁、ひいては末端価格の高騰など含めていけすが復興しないと始まらないので、当社はいけすをお願い致しました。」

ーー復興の目標は?

「まず、1台150万円のいけすをとりあえず40台まで復帰させる事が目標なんです。当初は額が額なので無理かもなと、半ば諦めていたのですが、一口オーナー制度をご紹介頂き、この度、地元の漁師仲間とプロジェクトを立ちあげる事になった次第です。
カツオ漁、マグロ漁、そして地元釣り船が大漁になる日に向かって、大漁プロジェクト、杉山水産はがんばりますので、皆様ご協力の程、お願いい致します。」

 
ほやのシェア

▲宮城の「ほや」は全国のシェアの7割を占める

岸壁

▲岸壁は破壊され、地盤沈下の為に漁港の至る所に海水の水たまりが見られる

小網倉浜で採れた「ほや」

▲小網倉浜で採れた「ほや」。非常に甘くそして大きいのが特徴

消えてしまった「ほや」養殖棚

「ほや」とは?

「ほや」とは、独特の風味から、全国各地にまで流通が及んでいない個人の嗜好がはっきりした全国的には珍しい生鮮海産品です
宮城県は「ほや」養殖の発祥の地であり、年間の生産量は5000トンにものぼり、宮城の「ほや」は全国のシェアの7割を占めています。

消えてしまった「ほや」の養殖棚

湾内には、多くの「ほや」の養殖棚が浮かんでいましたが、すべて津波に飲まれてしまい、すべて消えてしまいました。
「ほや」は春先4月頃から6月頃までが収穫時期となり、プロジェクトメンバー平塚さんの「ほや」は全国でも評判で、毎年多くの注文を受けていました。ちょうど収穫時期を間近に迎え、そろそろという時に震災ですべてを失ってしまいました。

「ほや」復興までに必要なもの

プロジェクトメンバー平塚さんが「ほや」の養殖業を続けていくには、船や漁具、作業施設が不可欠です。簡単に見積もっても船だけで2,000万円。網や養殖いかだやタルで400万円。その他リフトなどを合わせると300万円必要になります。また、岸壁や桟橋などの復旧となると、個人の力ではどうにもならない問題です。
船購入費に関しては、国や県から補助金が1/3は出ますが、それ以上の借金は難しいのが現状です。
養殖いかだ、タル、船、リフトなどの購入費を合算すると最低でも1,000万円が必要です。
小網倉浜の「ほや」は湾内の水温が高いために、非常に甘くそして大きいのが特徴でした。もう一度小網倉浜のおいしい「ほや」を皆さんに提供するため、是非力を貸していただけたら幸いです。

活餌イワシのいけす 復興資金の内訳

ほや養殖棚1台200万円×4台 8,000,000円(8百万円)

「ほや」を提供したい

ーー今の養殖ほやの状況は?

湾内には、多くの「ほや」の養殖棚が浮かんでいましたが、今では1台の見当たりません。残念ながら、すべて津波に飲まれてしまいました。「ほや」は春先4 月頃から6月頃迄が収穫時期なんです。我が家の「ほや」は全国でも評判で、毎年多くの方から注文をいただいておりました。ちょうど収穫時期を間近に迎え、そろそろという時にこの震災。数日後に、棚が一台も浮かんでいない海を眺めて、正直、心が折れそうになりました。

ーー今は、気持ちの整理はつきましたか?

私は浜で育ち、幼い頃から漁師である両親の手伝いをしながら、高校卒業と共にほやと牡蠣養殖を続けてきました。小さな頃から海の仕事は好きだったし、なんの疑いもなく仕事をしてきました。ところが今回、こんな大きな災害が起こり、私はこれまで自分がやってきた海の仕事について一端立ち止まって考えさせられることになりました。仕事があることの有り難さを改めて痛感しました。

ーー復帰するまで必要なものはなんですか?

現実問題として、船や漁具、作業施設も失った状態で養殖業を続けるのは不可能に近いです。簡単に見積もっても船だけで2000万円。網や養殖いかだやタルで400万円。その他リフトなどを合わせると300万円必要なんです。更に岸壁や桟橋などとなるともはや個人の力だけではどうにもなりません。

金融機関に話はしましたが、船購入費に関しては、国や県から補助が1/3はでますが、それ以上の借金となると現実問題難しいと言わざる負おえません。また我が家の問題なんですが、震災前の1月に私は待望の息子が生まれ、父親になったばかりなのに、多額の借金を背負わなければ、復帰もできない。

背負った十字架は重すぎますが、息子には「自分の好きな仕事を汗だくになってやる」将来、そんな親父の背中を見せてやりたいと思います。しかしいくら決意を新たにしても、資金の問題にぶつかってしまう。これ以上の借金は相当厳しいです。

ーー今後の方向性は?

小網倉浜の「ほや」は湾内の水温が高いために、非常に甘くそして大きいのが特徴でした。また小網倉のおいしい「ほや」を皆さんに提供するため、また息子に自分が海で働いている背中を見せるためにも復興に全力を尽くします。きっとどこの浜の漁師だって大変で、同じ悩みを抱えています。だからこそ私はこのプロジェクトに参加し、一人でも多くの人に震災後、苦悩する漁師の思いを自分の言葉で伝えようと思いました。

一人一人の漁師が自らの誇りを持って、海で働くことができるよう、是非力を貸していただけたら幸いです。

 

全国的に有名だった釣り船「おおとく丸」

おおとく丸は、小網倉浜を中心に活動していたプロジェクトメンバー阿部さんの釣り船です。特に2月から5月は小網倉湾内で40センチから50センチの大型のマコガレイが何十枚と釣れる釣り船として、全国から多くの釣り人や釣り好きな有名人が押し寄せる人気の船でした。
5月から11月は田代島、網地島、金華山周辺での活いわし五目釣りでは80センチを超すヒラメや、30センチを超すメバル、50センチを超すアイナメやソイなどがふんだんに釣れるので、週末の大半は予約でいっぱいでTVや雑誌などにも取り上げられておりましたが、今回の震災で船は流されてしまいました。

修復不可能な状態になってしまったおおとく丸

震災から数日後、阿部さんは8割以上破損した状態で、陸に上がっているおおとく丸を発見しました。最初は何とか修復する事を考えましたが、修理しても無駄だとすぐに分かりました。
「おおとく丸」だけではなく、阿部さんは家2軒、工場、船3艘、車4台、リフト2台などすべて津波で流されてしまいました。

おおとく丸を復活するために必要な資金

船が3000万円しますが、国からの補助が2/3出るため必要な資金は1000万円です。
阿部さんは被災前、釣り船の他に、牡蠣、ほや、ムール貝などやっていましたが、釣り船の売上で生活していくしかありません。浜の復興のために一日でも早く釣り船をやらないと浜自体の活気が薄れてだめになってしまうと実感しています。以前のように多くの釣り人に大きい魚を釣ってもらって、活気が出てくれば、一人でも多くの釣り人が、また浜に戻って来ると思っています。被災後は凄い沢山のボランティアの人が浜に来ました。「釣り船ができたら乗ります」という釣り好きな人も多く、阿部さんは「おおとく丸」を復活させ、多くの人に小網倉浜に足を運んでもらい、また浜全体に活気を取り戻したいと大漁プロジェクトを立ち上げる決意をしました。

釣り船おおとく丸 復興資金の内訳

遊漁船購入資金 10,000,000円(1千万円)
※実際は30,000,000円ですが、船購入費の2/3は国から補助。

おおとく丸

▲震災前は全国から多くの人が押し寄せる人気の釣り船だった「おおとく丸」

ヒラメ

▲浜から30分で、80センチを超すヒラメなどが釣れる世界三大漁場がある

小網倉浜全体の活気を取り戻したい

ーーおおとく丸について教えてください

おおとく丸とは、釣り船でした。特に2月から5月は小網倉湾内で40センチから50センチの大型のマコガレイが何十枚と釣れる釣り船として、自分でいうのもなんですが、全国から多くの釣り人や釣り好きな有名人が押し寄せる人気の船でした。5月から11月は田代島、網地島、金華山周辺での活いわし五目釣りでは80センチを超すヒラメや、30センチを超すメバル、50センチを超すアイナメやソイなどがふんだんに釣れるので、週末の大半は予約でいっぱいでTVや雑誌などにも取り上げられておりましたが、今回の震災で船は流されてしましました。

ーー震災当日は?

津波に備えて、リフトとかを高台に避難させようと、浜で作業してました。ちょうどリフトを移動させているときに、津波があっと言う間にきて、ヤバイと思ったときにはリフトごと流されて、なんとかリフトの屋根に登って一時的に助かりました。ただ、そこからははっきり覚えていなくて、でもなんとか泳いだりして、高台に避難しました。避難後は、周囲で作業していた若い連中の姿も見えず、船も沖に流されたり、沈んで行ったり、家も全て流されてゆく光景を見て、流石に浜は終わりだと感じました。

ーーおおとく丸復興の必要資金は?

船が3000万円するけど、国からの補助が1/3出るから必要な資金は1000万円です。親戚などからお金を借りて工面していますけど、生活はギリギリ。釣り船は2011年11月には新艇が来るけど、その1000万円は釣り船で返すしかない。

ーー今後の方向性は?

被災前は釣り船の他に、牡蠣、ほや、ムール貝などやっていたけど当分無理なので、釣り船の売上で生活していくしかない。浜の復興のために一日でも早く釣り船をやらないと浜自体の活気が薄れてだめになってしまうと実感しています。

以前のように多くの釣り人に大きい魚を釣ってもらって、活気が出てくれば、一人でも多くの釣り人が、また浜に戻って来ると思うんだ。被災後は凄い沢山のボランティアの人が浜に来て「釣り船ができたら乗ります」なんて釣り好きな人も多くて、涙がでたよ。大きい魚を釣るならおおとく丸とまたみんなに言ってもらうように、精一杯がんばります。

最後に、先輩や後輩も亡くしました。この人達のためにもここに残って、ここで生きた証や足跡を残したく全力で俺は海に向かいます。

 
漁港

▲撤去されていない漁船が漁港の至るところに放置されている

金華サバ

▲小網倉浜で採れるブランド金華サバは冬は特に美味しい

大壁さんのご自宅

▲大壁さんのご自宅。1階は流失。2階部も全て波に飲まれ自宅は全壊

小網倉浜の漁師の復興

漁再開の目途が立たない漁師

プロジェクトメンバー大壁欣也さんは高校卒業後に家を継ぎ、小網倉浜で28年間漁師をしていました。船の名前は欣正丸。ロウド漁、穴子漁、サバ漁、あわび漁、また牡蠣の養殖を家族で行っていました。
東日本大震災で浜の大半の船が被災してしまい、また漁港の岸壁も地盤沈下のために満潮時は全く使用出来ないので、辛うじて被災を免れた船を所有している限られた人しか漁が出来ていません。
大壁さんも船がダメになり、漁具なども全て海に持っていかれたので、ゼロからのやり直しとなりました。
地元石巻の魚市場は開始したものの、魚を捕る船や漁具がないため、大壁さんの他、大半の浜の漁師は、漁の再開の見通しは経っておりません。
浜にはまだ多くの船が解体撤去されずに残っており、数が多すぎて放置されている状態です。

小網倉浜で捕れる魚

小網倉浜ではメロウドや穴子、あわびなどが良く捕れます。冬季は金華山が目の前なので、同じ海域で、脂の乗った金華サバなども捕っている漁師が多くいます。
特に冬の脂がのりに乗ったサバは最高です。また、穴子は宮城県が漁獲量日本一を誇ります。漁をする時期や場所によって、サイズも味も異なり味も美味しいと評判です。メロウドも干物にしたりオイル漬けにしたり、唐揚げにしたり、どんな調理法でも旨い魚です。小網倉浜のあわびは、味があって柔らかく、湾内は海藻が豊富なのが美味しいあわびに育つ大きな理由です。大壁さんも浜に卸す他は、親戚に送ったり、贈答用にしていました。

漁を再開するために必要なもの

プロジェクトメンバー大壁さんは、船と漁具さえあれば、明日からでも漁を再開できます。漁船の購入費用は3000万円ですが、国からの補助が2/3出るため必要な資金は1000万円です。
まずは漁船と漁具を揃えて漁を再開し、港を整備して1日も早く漁業を復興しなくてはなりません。

釣り船おおとく丸 復興資金の内訳

遊漁船購入資金 10,000,000円(1千万円)
※実際は30,000,000円ですが、船購入費の2/3は国から補助。

 
宮城の復興のため

ーー漁の現状について教えてください

浜の大半の船が被災してしまい、また漁港の岸壁も地盤沈下のために満潮時は全く使用できないので辛うじて被災をま逃れた船を所有している限られた人しか漁が出来ていません。私も船が駄目になって、漁具なども全て海に持って行かれたので、ゼロからやり直しとなりました。地元石巻の魚市場は開始したものの、魚を捕る船や漁具がないため、私の他、大半の浜の漁師は、漁の再開の見通しは経っておりません。

ーー至る所で被災した船を見かけますか全て浜の船ですか?

そうですね。もともと小網倉は漁船や船外機が多い漁港でした。穴子やメロウド漁を行っていた漁師が多い浜で、大型の船は少なかったのですが小型、中型の船は多いと思います。一部の船は解体撤去されましたが、被災した船が多すぎて、未だこの光景のままです。

ーー被災後の影響は?

自宅が完全にやられました。船と漁具も全てやられました。家族は無事でしたが、私は市場から自宅に戻る最中に、津波が来てあと僅かのところで助かりましたが、車が津波でやられたので一晩歩いて自宅に帰りましたが、朝になって浜を初めて見て、助かった何人いるのだろうか?家族のことが一番心配でしたが、自宅や船のことよりも、目の前の自分のふるさとの無残な光景があまりにも酷くて、非常にリアリティがなかったことを昨日の事のように覚えています。

ーー今後の方向性は?

漁が一日でも早くできるように港の整備からですね。個人的には船と漁具さえあれば、明日からでも漁を再開できます。気持ちは前向きでも、現実がこの惨状なので、漁が復帰できるまでは時間はかかると思います。

大津波は家や車、友人の命、そして大切なふるさとを一瞬にして奪っていきました。しかし津波は私の気持ちまでは奪えませんでした。被災直後は様々な人の支援に助けられました。この感謝の気持ちは一生忘れることはありません。恩返しの気持ちで、私のふるさとと、そして宮城の復興のために一日一日を一生懸命大切に頑張っていきたいと思います。

復興・支援内容

主な購入品

購入品

大漁プロジェクトの目標金額は2億円となります。尚、一口支援基金の復興内容は、上記の通りに使用させて頂きます。
ページ記載以外の支援金は冷凍庫、製氷機、リフト、船外機等の購入費用となります。 具体的には下記使徒内訳を参照ください。

使用内訳

使用内訳

大漁プロジェクト使途内訳は上記の通りとなります。 現在考えられうる、経費用途を計上しております。あくまでも上記割合は、見積もり上での計算となりますので使用割合につきまして、仕入れや、その時の価格によって、若干変動する可能性もございますのでご理解ください。

一口オーナー制度

下記の商品より1点お選び頂く形となります。

殻付きほや

殻付きほや 20個

■名称:殻付きほや
■個数:20個
■内容:3年もの殻付きほやを浜から直送
■発送時期:2~4年後

活あわび

活あわび 2個

■名称:活あわび
■個数:2個
■内容:2個 150g~250g前後
■発送時期:1~3年後

金華トロサバ

金華トロサバ 2本

■名称:金華トロサバ
■個数:2本
■内容:冬季に収穫 500g~600g 2本
■発送時期:1~3年後

おおとく丸割引券

おおとく丸割引券

■名称:おおとく丸割引券
■個数:1枚
■内容:遊漁船5,000円割引チケット
■発送時期:1ヶ月~3年後

上記図のように、お返しの品は、4種類ご用意させていただきました。
浜全体の復興を考えると、養殖ほやだけではなく、最優先課題である、いわしいけす、また漁業、釣り船の復興と、海での仕事は同じですが、浜に従事している漁師それぞれの仕事が異なるためにお返しする品につきましても、複数から選択できるように致しました。

これは、万が一自然災害などの影響で、ほやがお返し出来ない場合のリスクヘッジにもなります。尚、漁の時期によって商品発送のシーズンはそれぞれ異なります。

殻付きほやは4月~6月。
活あわびは11月~3月。
金華トロサバは11月~2月。
おおとく丸割引券は通年となります。

ストラップまた、大漁プロジェクトならではの謝礼の品も考えました。キーホルダー兼簡易防水の大漁お守りとイワシルアーストラップです。大漁お守りは地元で祈祷していただきました。またイワシルアーストラップですが、これは石巻にルアーを作る名人が居て、デザインなどはその方にお願い致しました。
謝礼の品の発送時期はお申込み時から1ヶ月~3年を予定しております。
皆様方の善意を、復興に役立てるために、何年かかるかわかりませんが 復興といえるその日まで、大漁プロジェクトは全力を尽くします。